| 矢 野 純 T O D A Y 瓦 版 |
| 前の日記 | 目次へ戻る | 次の日記 |
2018年8月4日「持病」 私は46歳なので、例えば4年後に50歳で亡くなっても ああ矢野さん早死にだったなとは思われても 死んだこと自体は誰も不思議に思わない年齢になりました。 私は病気を抱えたまま、壊れたところを壊れたままにして生きています。 放置しているのではなくて 先を見ず、忘れもせず、 今日の事だけを考えて墜落しないように対処しています。 私を含む同世代の方々が皆、 病気を抱えたまま生きていることを聞く機会が増えました。 そのような事は若い頃から頭では解っているつもりでいました。 でもいざ、私たちが他の世代と同じように年を取ってきた 現実を目に前にすると動揺します。 最近は何事にも情が薄くなってニュースで何か新しい事件を知っても 昨日のニュースを再生しているように感じます。 世界に飽きてしまった。引退の時期が近付いてきた。 それでも何か新しい、楽しい事を見つけたいと思うのですが 時々、忘れてしまいたいような現実を思い出してため息が出る位です。 まだ何も実現できていないのに歳を取ってしまった。
| 前の日記 | 目次へ戻る | 次の日記 |