矢 野 純 T O D A Y 瓦 版

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2015年11月29日「福耳 / 脳の価値」


  ***** 福耳 *****


  

  母方の祖父が福耳でした。

  自分の顔の中に祖父や祖母、父や母の顔が見える年頃になりました。


  ***** 脳の価値 *****


  自分の買ったモノや体験したコトのレビューに

  1つ星を付けて酷評するのが趣味の方は、

  電気メガホンを肩から提げて 日本中に聞こえるような大声で

    私は酷評したくなるような物を買ってしまうオッチョコチョイです。

  と、私はモノを見る目がありませんと 言いふらしているようなものです。


  私の買ったモノは私にとって最高だし、

  私が行ったお店は私にとって最高なんです。

  自信を持ってオススメできるモノの事しか書けません。

  これはひどいなと思ったお店があったとしても書きません。

  そのような事を書けば自分の目は節穴だと言いふらす事になり、

  その結果、自分の価値が下がります。


  既に学校を卒業した、外見上はオトナに見える方々が

  自分の事をナントカ女子とかナントカ男子とかという風に

  表現しているのを読むと、

    学生の頃、男子とか女子とか呼ばれていた頃が私の価値のピークです。

    今は価値が下がる一方なので、せめて言葉だけでも子をつけています。

  と言っているように聞こえます。

  歳を取って、若さしか誇れるものがないとしたら哀れです。


  お年寄りが「脳ミソだけは二十歳」などと言っているのを聞くと

  不憫に思って 目を向けるのも はばかられます。

  モノの考えが青臭い事に、一体何の価値があるのか分かりません。


  私は年齢なりに一歩でも前に進んで死にたいです。

  脳だけは自分で成長しようとしないかぎり何も成長しないと思うんです。

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