2016年8月14日「多数派の厚かましさ」
昼過ぎに食堂の受付で名前を書いて順番を待っていました。
暇つぶしにタブレットでツイッターなどを読んでいたら、
タブレットを使っているヒトが居る。
タブレットは要らない、必要性を感じない。
なぜタブレットを使っているのだろうか。
という声が聞こえてきました。
そのとき、タブレットを使っているヒトは私以外に居ませんでした。
このような見知らぬスマホ利用者による不意のタブレット批判は
この日に限った事ではなくて、にぎやかな場所ではよく聞こえてきます。
タブレットは少数派で、スマートフォンは多数派です。
少数派である私は、多数派があることを理解しています。
スマホが良い人はスマホを、
タブレットが良い人はタブレットを使えば良いんです。
個人の自由ですから好きなほうを使えば良いです。
多数派は、例えばスマホとタブレットなら、
スマホの利用台数は携帯電話全体の50%以上100%未満、
タブレットの利用台数は50%未満だということです。
つまり多数派は、割合で言うと50%以上100%未満なのですが、
多数派のヒトはなぜか、
自分の意見が世界の100%の意見かのような話をします。
多数派のスマホ利用者が、まったく無関係の私に対して
公然とタブレット批判をしてきました。
この「多数派の厚かましさ」にはウンザリします。
昔、某世界有数の国産車メーカーの車のオーナーである知人が
なんでホンダに乗ってるの?バカじゃなの?
と、ホンダ乗りの私の所に わざわざやってきて言った事があります。
私はホンダ乗りですが、ホンダは少数派だと認識しているので
間違っても「なんでホンダに乗らないのバカじゃないの」なんて
決して言いません。
日産、ホンダ、マツダ、スバル、三菱、スズキ、ダイハツ…
少数派が抜群の個性を発揮する世界が一番良い世界です。
ところが多数派のオーナーの知人はそのような事を言いました。
多数派の意見は世界の常識とでも言わんばかりの厚かましさ。
もし万が一ホンダやタブレットが多数派になったとしても、
少数派を批判する厚かましい人間にだけはなりたくないです。