矢 野 純 T O D A Y 瓦 版

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2020年7月4日「勉強不足のヒト」

  今、目の前に四角く、不自然にうっすらと凹んでいる地面があったときに

  そこに落とし穴があると気付ければ、穴に落ちずに済みます。


  落とし穴に落ちた経験があれば気付けますが

  落とし穴の構造について

  痛い目に遭って身をもって知るのでは手遅れですし

  落ちた経験が無くても、落とし穴の構造を勉強して知っていれば

  気付けるだろうと思います。


  生きる上で必要な知識は、学校を卒業して社会に出た後に

  自分で勉強するものです。

  例えば台風が来たならどう情報を集めて判断し行動するのか等、

  生きる上で知っておいたほうが良い知識は沢山あります。


  幼稚園児にいきなり、生きる上で必要な知識は自分で調べろと言っても

  文字も読めないのでは調べられないのですから

  社会に出る前に学校で予め、

  自己学習を続ける上で必要最低限の知識を教えておくのだと思います。


  学校を出てオトナになったら

  もう勉強しなくてよいのだと考えるヒトもいます。


  勉強せずに生きていても、世の中は次々と変わっていくのです。

  例えば一番お得な買い物の方法がネット通販に変わったときに

  コンピュータを勉強してこなかった方はネット通販は使えないのです。

  ネット通販が使えなくても買い物は出来ますが

  他人より不利な買い方をせざるをえません。

  生まれながらにしてコンピュータを自在に使いこなせる赤ちゃんは

  世界に一人も居ないのです。みんな後から勉強して身につけたのです。

  生きる上で必要な知識を勉強しようとしなくても

  それでも今日1日は無事に暮らせるでしょうが

  次第に時代から取り残されて、不利な生き方をせざるをえなくなります。


  私はコンピュータの事には専門性があるのですが

  それ以外の分野は素人で、知識不足だと自覚しています。

  生きる上で必要な知識の内、専門外のことについては

  自分で調べれば解ることは勉強したうえで

  専門家の意見を読み、聞いて、従います。


  社会に出ると、どこへ行っても超人が沢山居るんです。

  この人は、この分野で私より何十倍もすごい。

  私がこの先100年頑張っても、この分野では追いつけない。

  この分野のことで困ったらこの人に聞こうとヒトを覚えているんです。


  私は12年前に病気になり、自分の罹った病気がどんなものか、

  この先、どのような経過をたどるものなのかを自分で調べて勉強した上で

  掛かりつけの先生の指導を受けて、指示通りに薬を飲んで通院しています。

  薬を飲む量は、医師が高度な知見をもって決めるものです。

  素人の自分に判断する能力はないですし

  患者が勝手に薬の量を変えれば、効果の上がる治療も台無しになります。


  今はネットがあるから、生きる上で必要な知識の大半は

  調べようと思えば自分ですぐに調べられます。

  しかし勉強する気が無ければ

  本があってもネットがあっても何の知識も増えません。


  不勉強だと、落とし穴を見ても落とし穴だと気付けないし

  落とし穴かどうか判断できる詳しい人を見つけることもできないから

  避けられるはずの落とし穴に落ちたりして

  余計に苦労して生きることになります。


  今の世の中を見ていると、自分の不勉強を棚に上げて

  例えば店員さんに文句を言うことで全部他人のせいにするとか

  きちんと勉強してさえいれば賛成できることについて

  自分の考えが正義だと思い込んで

  見識もないのに闇雲に反対してみたりとか

  そのようなヒトを見ると、勉強の足りないヒトだな

  みっともないなと思って嫌になります。

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