矢 野 純 T O D A Y 瓦 版

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2020年9月13日「無礼は恥」

     天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず

  とは、ヒト同士は対等であることを表す福沢諭吉の言葉です。


  世の中のほとんどの人間関係の問題は

  ヒト同士が対等であることを忘れているのが原因だと思います。


  つまりお店で、店員さんに向かって

  神様気取りで怒鳴っているヒトというのは

  三波春夫がCMで言った「お客様は神様です」という言葉を曲解して

  私は客だ、神様だと思い込んで怒鳴っている訳ですが

  本来、お客様は人間で店員さんも人間で、ヒト同士は対等なのです。


  買ってくれるヒトが居なければ売れませんが

  売ってくれるヒトが居なければ買えないので

  お互いに売る立場、買う立場という立場の違いはありますが

  まったくもって店員さんとお客さんは対等です。

  怒鳴って敵対するよりも、売る側と買う側の立場でお互いに協力し、

  取引を成立させる方法を冷静に探ったほうが良いと思います。


  なぜお客さんは福沢諭吉の真理を突いた有難い言葉よりも

  三波春夫のCMの言葉を自分の都合の良いように解釈するのでしょうか。


  私も、皆も、自分の立場に沿って発言し、行動していると思います。

  ヒトの立場は様々にあるのですが、

  立場はさておいて、ヒトに還ったときには対等なのですから

  自分が少しでも有利な立場にあると思い込んだときに

  急に尊大な態度を取ったりするのは、

  今、その人の本性が丸出しになってしまっているようにみえます。


  そのようなヒトを見掛けると

  なんというか、バイキングでヒトの分まで横取りして山盛りに取るような

  エロ本を見て鼻の下を伸ばしているのが丸見えになってしまっているような

  ヒトの目を気にせず欲情をむき出しにしているようにみえて

  見ている私が恥ずかしくなります。


  ヒトとして対等であるためには

  誰に対しても失礼しないことだと思います。

  自分より年上のヒト、年下のヒト、男性に女性、立場の違い、

  何か自分が有利な立場にあるように感じられるときにも

  決して失礼しないで礼儀正しく居られるなら、

  人間関係で失敗せずに済むと思います。


  日本には「無礼者、恥を知れ」と斬り捨てられる時代があったはずだし

  あの人は決して失礼しないヒトだという褒め言葉があったはずなのですが

  今は無礼を働く事の恥に気付かず平気な顔をする人が増えたと思います。

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