矢 野 純 T O D A Y 瓦 版

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2022年8月21日「大滝詠一さんの夢で逢えたら」

  以前なにかで聞いたような、うろ覚えの記憶があるのですが

  検索しても出てこないので証拠がないから

  下記は風説の流布のような、狂人の妄言のような物になってしまいます。


  大滝詠一さんは母子家庭で育った。

  物心ついたときには父親が居なかった。

  やがて大滝さん自身が大人になり、娘が生まれて

  自分が父親の立場になったときに

  父親が子供に対してどんな振る舞いをするものなのか分からなかった。


  幼い娘を育てる戸惑いを”青空のように”の歌詞は描いています。

  


  大滝さんが父への思いを語っているのを、私は聞いたことがありませんが

  もし私が同じ境遇だったなら

  一度も会ったことのない父に会いたいと思うだろうと思います。

  

    薄紫色した深い眠りに落ち込み、私はかけ出してあなたを探してる

  "夢で逢えたら"の歌詞にある、"薄紫色した深い眠り"とは

  葬式の様子を表しているのだろうと私は解釈しています。

    今も僕 枕抱えて眠っています

    もしも もしも夢で逢えたなら

    その時は 力いっぱい抱きしめてください

  自分が亡くなり天国へ行ったなら、父に会って父の愛情に包まれたい。

  大滝さんがそのように思って作った唄だったのか

  証拠は何もないのですが

  "夢で逢えたら"は大滝さんの父への思いを綴った唄だと

  私は思っています。


  "夢で逢えたら"は沢山の方々が歌った唄ですが

  大滝さん自身が歌う"夢で逢えたら"は

  大滝さんの生前には公開されず

  大滝さんが亡くなったときに、葬儀会場で初公開されました。


  先日、夢で逢えたらのミュージックビデオが制作され、公開されました。

  

  一度も会ったことのない天国の母への

  少年の思いを描く内容になっていました。


  一度も会ったことの無い、決して会えることの無い天国の親への思い。

  私の思う"夢で逢えたら"の解釈に証拠はないのですが

  このビデオを観て、解釈を間違ってはいなかったと思いましたし

  9年前からは夢で逢えたらを聴くたびに

  大滝さんは父さんに会えたのかなと思って泣いてしまいます。

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